左右非対称の刃付けの意味と謎
- tihal86
- 2024年5月27日
- 読了時間: 8分
更新日:2024年6月6日
両刃の洋包丁は、左右均等に砥がれた5:5の完全両刃として販売されているものばかりではなく、左右様々な割合で砥がれた「左右非対称」の刃付けのものもあります。
そして左右非対象の刃付けには、意味があるものとそうでないものがあります。
今回は、左右非対称の刃付けの意味と謎について書いてみます。
※完全片刃の洋包丁の砥ぎやすさについても触れています
以下は市販の洋包丁の刃付けの概念図です。
5:5の完全両刃から9:1の片刃風まで様々です。

「両刃包丁の特徴」について調べると、「両刃包丁は左右兼用です」「利き手を選ばないのが両刃のメリットです」などの説明があります。
5:5の左右対象の両刃に砥がれた包丁は、確かに利き手を選びません。
しかし右8:左2のように、右利き用の人が使うことを意識した左右非対称の両刃の包丁は、左利きの人が使った場合、まったく違う切り心地になり、5:5の完全両刃より使いにくくなります。
下図は刀身の刃先部分の断面のイメージです。
赤い部分は「右利き」の人が使いやすい8:2の左右非対称の両刃の刃付けです。
左側の図に書いてある黒い線、これが左右兼用と言える「完全両刃」です。
また、8:2の刃付けにも大きく分けて2つの考え方があるので、(1)と(2)で示しました。
右利きの人が使いやすい 8:2 の研ぎのイメージ図
◎左右非対象の特徴は完全両刃と完全片刃の中間
完全両刃の洋包丁は、少ない力で硬いものを切り分ける性能が100点です。
完全片刃の洋包丁(ユニバーサルエッジ)は、安定した薄切りをする性能や砥ぎやすさなどが100点です。
左右非対称の刃付けは、完全両刃と完全片刃の中間の刃付けです。
切れ方の特徴も、完全両刃と完全片刃の中間です。
完全両刃の「硬いものを楽に切り分ける性能」と、完全片刃の「安定した薄切りの性能」の、両方とも70点ずつを狙って工夫された刃付けが、「左右非対称の刃付け」と考えてよいと思います。
「左右非対称の刃付け」は、両刃と片刃の長所がそれぞれ中途半端になってしまうのですが、家庭用万能包丁として無難に合格点が取れる刃付けです。
下図も参考にしてください。
刀身の断面図は右利きの人が使う刀身を前提にしています。

◎はっきりわかる刃付けの違い
完全両刃と完全片刃の切れ方の違いは、下記ブログの写真や動画ではっきりわかりますので興味がある方はご覧ください。
下記ブログにある「従来型」が完全両刃、「ユニバーサルエッジ」が完全片刃です。
従来型とユニバーサルエッジの違いについて
アンケート結果
◎SNSで多かったコメント
「完全片刃の包丁の薄切りの性能が100点」ということについて書きます。
3月に下記「ニンジンの薄切りのショート動画」をアップしたところ、TikTokとインスタグラム合わせて3000万回以上の再生がありました。
「ニンジンの薄切りショート動画」
いただいたコメントで多かったのが「なぜまっすぐに切れるの?」というものでした。
この答えは「完全片刃だから」です。
「私の技術が高いから」という意見もありましたが、両刃の包丁では動画と同じように切ることはできません。
「完全片刃だから安定してまっすぐに切ることができる」ということです。
完全片刃のユニバーサルエッジの切れ方を知ったお客様の中には、「薄切りが楽しくて爆笑しながら切りました」とコメントをくださった方もいらっしゃいました。
SNSで驚きの声が多かったということは、それだけ完全片刃の包丁を使っている人が少ないということかもしれません。
下の動画は、前半が完全片刃、後半が両刃です。
同じ包丁を片刃に砥ぎ直しただけでこのように変わります。
※これは3000万回再生の動画ではありません
ということで、薄切りがまっすぐに切れる理由は「完全片刃の包丁を使っているから」です。
これ以上効率良く薄切りができる家庭用万能包丁はないため、完全片刃の包丁の薄切りの性能を「100点」としました。
◎完全片刃の洋包丁のメリット「砥ぎやすさ」
左右非対称の刃付けは、視覚的な比率や角度的な違いなどが分かりにくいです。
たとえば新品で7:3の比率で砥がれた包丁は、自分で7:3に砥いだつもりが8:2かもしれません。
15度で砥いだつもりが反対側は18度かもしれません。
角度と比率を新品状態と同じに砥ぐことは困難なうえ、これらの組み合わせが食い違ってくると、砥ぐたびに微妙に特性が変わっていきます。
しかし完全片刃なら、これらの問題が一切起こりません。
利き手と反対側の刃がないので左右の比率や角度の違いを気にする必要がなく、利き手側を砥ぐだけで、常に完全な刃付けができます。
利き手側を砥ぐのは反対側を砥ぐより簡単なので、「利き手側だけを完全片刃に砥ぐ」という刃付けは安心感にもつながります。
また、両刃と比較して砥ぐ量が少ないことや左右の比率の微調整の必要がなく、包丁の寿命も長くなります。
そして「小刃・糸刃」も不要です。
以上のことから、ユニバーサルエッジは、物理的にも精神的にも「最高に砥ぎやすい包丁」と言えます。
※ユニバーサルエッジには「簡単包丁砥ぎセット」が同梱され、だれでも18度で砥ぐことができます。詳しくはこちら。
◎左右非対称でも「左右兼用」の謎
ここまでで、左右非対称の刃付けには、「利き手」という概念があるということがわかりました。
「左右兼用の包丁」は、確実に5:5で砥ぐ必要があるはずなのですが、右利き用の刃付けをした両刃包丁を、「左右兼用」として販売しているメーカーも少なくありません。
なぜなのか私にとっては「謎」なのですが、あえて書けばこれには2つの理由が考えられます。
ひとつは、左利きのユーザーの存在が軽視されていること、そしてもうひとつが「手作業による砥ぎ師のクセ」です。
右利きの人が使いやすいことを考えた8:2の刃付けの包丁があるとします。
これを左利きの人が使うと、硬いものを切るときに50点は取れても、薄切りはおそらく20点しか取れません。
まっすぐに切ることができず、様々な形や厚さの薄切りができてしまいます。
その場合、左利きの人は薄切りがうまくできず、苦手意識を持ってしまう可能性があります。
また、薄切りがうまくできないため「スライサー(筋引き包丁ではなく薄切りのための道具)」を使い、指先をそぎ落とす大ケガをしてしまう可能性もあります。
左利きの人の存在が重視されれば8:2と2:8の包丁が販売されるはずですが、そうでない場合があるのは、左利きの人の存在が軽視されているのかもしれません。
もうひとつが「手作業」によるものです。
最終刃付けは全自動で行うことが難しいため、ほとんどが手作業で行われます。
そとのきの砥ぎ師のクセが刃付けに出ることがあります。
左利きの包丁ユーザーは、全国に数百万人いるはずです。
決して少ない数ではありません。
コストバランスや手作業による偏り(砥ぎ師のクセ)など、難しい点はあると思いますが
個人的には、左利きのユーザーも切る作業を楽しめるよう、左右非対称の刃付けをする場合は、右利き用と左利き用に分けて販売することが大切だと考えています。
◎包丁を2丁持つなら
包丁を2丁持つなら、一般的には「メインの包丁と小ぶりなペティを持つ」という方法がオススメされています。
しかしこの2丁は、砥ぎの左右の比率はどうであれ「両刃」なので、野菜の薄切りでは100点は取れません。
また、完全両刃でない限り、硬いものを切り分ける作業では、完全両刃の「切り込み抵抗の軽さや抜けの良さ」には劣り、食材の薄切りは完全片刃より苦手です。
つまり、両刃の包丁を2丁揃えても、どちらも70点しか取れないということになります。
「包丁を2丁持つならなにがよいのか」について、「完全両刃の牛刀と完全片刃の牛刀」の2丁持ちという方法もオススメできると思います。
硬いものを切り分けるときも薄切りをするときも100点を取ることができ、効率良く料理ができます。
私個人は普段からユニバーサルエッジだけで料理をしていて不便さを感じません。
しかしもう一種類包丁を持つとしたら、できるだけ薄い刀身で、刃先厚も薄い完全両刃の包丁を選びます(刃先厚が薄いほど左右非対称になっても悪影響が出にくい)。
実際、実験用にそんな刀身の包丁を持っていますが、ハンドルの角度の関係で使いにくい面があり、普段は使っていません。
結局、ユニバーサルエッジがあればレストランの仕事もプライベートも足りてしまいます。
参考:
こちらも参考にしてください。
「洋包丁の刃付けについて・両刃の包丁は左右兼用か」
◎まとめ
5:5で砥がれた完全両刃の包丁は、硬い食材の切り分けが100点。
10:0で砥がれた完全片刃の包丁は、薄切りや砥ぎやすさが100点。
左右非対称の刃付けの意味は、完全両刃と完全片刃の中間の性能を出すため。
同じ銘柄の包丁でも左右非対称で刃付けの割合が違うものがあるので、意図した割合の刃付けではなく「それぞれの砥ぎ師のクセによるもの」と言える。
左右非対称の刃付けは、左右の砥ぎの割合に関わらず自分の利き手用を選ぶ必要がある。
左右非対称の右利き用の包丁が左右兼用として販売されている(謎)。
ニンジンの薄切りがまっすぐ切れる理由は、完全片刃の包丁を使っているから(8:2の左右非対称の両刃では困難)。
左右非対称の刃付けには、「意味があるもの(利き手を選ぶ刃付け)」と「そうでないもの(職人のクセ)」がある。
●コラム:SDGsの「つくる責任」 必要なのは「現実的な切れ味」
「熟練した職人による究極の刃付け」
「職人の手作業によるこだわりの刃付け」
「計算された左右非対称の刃付け」
家庭用万能包丁にこれらの宣伝文句があった場合、購入するまではよいのですが、家庭ではその刃付けを再現できません。
家庭用万能包丁に求められるのは、新品時から短期間しか続かない「究極の切れ味」ではなく、数十年間自分で維持できる「現実的な切れ味」です。
また、左右非対称の刃付けの包丁を「左右兼用」として販売することについては疑問を感じます。
SDGsの「つくる責任」に照らし合わせても、左右非対称の刃付けには「謎」が残ります。
以上です。
両刃にも、その刃付けの意味や利き手、そして謎があるということが伝わればと思います。